スタートアップと大企業、「スピード感」の違いとは何か

Mirai Harada

株式会社ローンディール 代表取締役社長
サッカーなどスポーツの世界で行われている「レンタル移籍」に着想を得て、「会社を辞めずに外の世界を見る機会」「企業の新しい人材育成の仕組み」として企業間レンタル移籍プラットフォームを構想し、2015年7月に株式会社ローンディールを創業。

大企業とスタートアップでは「スピード感」が違う。さも当たり前のように言われることですが、この「スピード感」の正体は何なのでしょうか。


※はじめてご覧いただく方のために紹介しておくと、LoanDEAL(ローンディール)は大企業の人材をスタートアップに「レンタル移籍(≒出向・研修)」させるという仕組みです。本稿は、この仕組みで大企業の人材を受け入れていただいているスタートアップ、株式会社チカク共同創業者:梶原さんからいただいた示唆を整理したものです。


「スピード感」というと、例えば、大企業では意思決定のプロセスでいろいろなところに稟議を回さなければいけないけれど、スタートアップでは経営者にOKをもらえばすぐに実行できる・・・といったような組織構造についての指摘は多いと思います。


ご多聞に洩れず、レンタル移籍をした大企業の社員の方々も、その多くが「スピード感が全然違う」という感想を持ちます。でも彼らの話を聞いていると、どうやらこれは単に組織構造の話だけではなさそうなのです。能力や経験が同程度の人材だとしても、おそらくスタートアップに適応できる人材の方が、圧倒的にスピードが速いのだろうという気がします。


なぜこのような違いが生まれるのでしょうか?
結論から言ってしまうと、それは「初速」の違いです。


下図は業務に対してかかる時間とアウトプットの傾向を、大企業・スタートアップそれぞれのアプローチのイメージを表したものです。

仮に最終的な到達点が同じだとして、大企業的なアプローチで言うと最初の数時間ででてくるアウトプットは極端に少ない。一方でスタートアップ的な動きで言うと、アウトプットというたての動きが手前に来る。つまり、図で言う「A」の時点でのアウトプットに差がある、というのがこの「スピード感」の正体なのではないか、と思うのです。


大企業的なアプローチでは、たとえば、まず市場調査等の下調べや情報収集からはじまり、論理的に抜けや漏れ・矛盾がないようにきっちりと組み立て整理し、わかりやすい資料を作る。もしかしたら、多忙な決裁者が見てもその場で判断できるようにビジュアルに配慮したり、部署ごとに説明資料を変えたり・・・ということもあるかもしれません。


一方、スタートアップ界隈では、社長のこんな発言が多いような気がします。「手書きでもなんでもいいからとりあえず持ってきて」と。大企業からスタートアップにレンタル移籍をしている方々の場合にも、ここが結構難しい。社長や上司の時間をもらう以上、しっかりとしたものを作らなければいけないという意識が強くて、生煮えの状況では相談できない、でも集められるデータが見つからない・・・なんていう状況に陥ります。そうすると、スタートアップの社長がしびれを切らして、「遅い!!」ってなる。(笑)


時間やリソースが不足しがちなスタートアップの観点から言えば、時間をかけて出来上がったものが全く的外れだったら致命傷になりかねない。それならいっそ、さっさと失敗してしまった方が、次の手に移れる。さらに、実績や事例のないことに取り組んでいる以上、実は完璧に準備ができることはなく、常に見切り発車になります。そういう背景から、初速を重視したアプローチが評価されるように思います。


これは、大企業的なアプローチは常に間違いで、スタートアップ的なアプローチをとるべきだという話ではありません。ただ、特に「スピード感」が求められる、評価されるような場面が増えてきているようには感じますし、大企業がスタートアップ的なアプローチに興味を示す傾向は強まっているようです。(システム開発で言うところの、ウォーターフォール型からアジャイル開発型へ、というのと同じ話ですね。)


それはなぜか?前提が変わってきているから、かもしれません。その前提とは、正解があるかどうかです。ビジネスである以上、究極的に言えば「正解」はないのかもしれませんが、過去の実績や論理的な分析などに基づいて、組織の中で「確からしい」と信じられているものがあって、それに近づけるかどうかが今までは成功のカギだったはずです。しかし、技術的な進化等の環境変化によって、必ずしもそうではなくなった。失敗を繰り返しながらでもスピード感をもってアプローチする方が、結果的に「正解」にたどり着きやすいケースが増えているのです。


そうだとすると、本質的には、大企業だから、スタートアップだから・・・ではなく、今持っているテーマが正解のあることなのかどうかによって、とるべきプロセスは変わってくるはずです。


ですから、個人、特に従来型の「確からしさを高める」やり方になれている方にとっては、「初速を重視する」業務の進め方にも適応することが求められているのです。ではどうやってその力を鍛えるか。とにかく、意識的に強制的にアウトプットしていくしかないだろうと思います。データ集めをいったん止めて、何もない中で思考する、ということをやってみる。生煮えのもの、不完全のものを人に見せてみる。きっと、ものすごく気持ち悪い、落ち着かない作業になるかもしれませんが、その繰り返しの中で、新しいプロセスを体得していくしかありません。(例えば、本稿を書くきっかけを与えてくれた株式会社チカクの梶原さんは、レンタル移籍者に「今から30分待ってるから、とりあえず資料つくってみて」とリクエストをして、強制的にスピードを上げてアウトプットする経験を積んでもらっていました。)


更にもうひとつ、重要な点があります。それは、そのアウトプットを「受け取る側の資質」です。もしかしたら、手書きの汚い資料を持っていったら不快に感じてしまう上司の方もいるかもしれません。先に上げた図のA地点、つまり6割~7割くらいの仕上がりのものを見て、これが「いける」のか「いけない」のかを見極めるセンスも求められます。これもまた、結果のフィードバックを得ながら、小さな失敗を繰り返しながら、身に着けていくしかないものだろうと思います。


状況に合わせて、「確からしさを高める」べきなのか、「初速を重視する」べきなのか・・・手を動かす側も、意思決定をする側も、仕事の進め方として二通りのアプローチがあることを認識し、使い分ける。組織全体でその点に共通認識が持てれば、大企業でもスタートアップ的な「スピード感」を手にすることができるはずです。そのためにはまず、今までの「正解がある」という前提を捨てることが求められます。そして、実行者も決裁者も、居心地の悪い不確実な中でアウトプットするという経験を増やしていくしかないのです。

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